格闘家 成瀬昌由さんインタビュー①

 

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約15年間、格闘家プロレスラーとしてご活躍(リングス⇒新日本プロレス⇒フリー)しながら、加圧トレーニング特定資格を取得し、プロ選手や芸能人などのトレーニングを指導

 

俳優としてTVや映画に出演(NHK 天地人 / 図書館戦争 /その他CM出演)

 

現在、地元である東京杉並区を中心に教育活動にも精力的に参加されている

 

<ご活動について>

Q:現在の主な活動や力を入れていることについて教えてください。

A:トレーニング指導はもちろんですが、2007年くらいから、地元の小学校や中学校、東久留米の高校等からの講演依頼をいただき、子どもたちにお話しするような活動にも力を入れています。

 

Q:そこで力を入れて伝えてらっしゃることやメッセージはありますか?

A: 大きく2つあります。1つは「生き方、夢の実現と現実」。これから子どもには夢を持ってほしい、そしてそれを叶えるためにはどんなことが必要なのか、ということを僕の選手としての経験を中心に話しています。

そしてもう1つは、「いじめと自殺」について、です。この2つ目のテーマについては、子どもNGO「懐」という団体の高森代表が講演でお話させれていた内容を、僕もお話しさせてもらっています。

東日本大震災のボランティア活動などでも、私はこの「懐」と一緒に行動しています。

 

Q:どんな内容でしょう?

A:出典は高森さん(子どもNGP「懐」代表)なのですが、子どもたちに「キモい、ウザい、死ね」という言葉を二度と言わないで欲しい、と強調しています。何故か。

「キモい」という言葉は、人を殺せる言葉だから、です。

2008年に北海道の小学校6年生の女の子が自殺をしました。その遺書の中で、彼女はクラスのみんな宛てに「みなさん私がキモくてごめんなさい」と書いたそうです。

こんな悲しいことないな、と衝撃を受けました。

日本では本当に自殺者が多い。自殺する子が後を絶たない。第二次大戦で原爆を2発も落とされ、何十万人も命を失った経験をした国なのに、なぜ命の大切さを教えてやれないのか?日本では何故いじめや自殺がこんなに多いのか?とよく海外の選手仲間達にも言われて、はっとしますよね。だから、まずは、君たちがそういう言葉を今後言わない、と約束してほしい、と子どもたちに話しています。

 

<格闘技、プロレスという競技について>

Q:格闘家になろうと思われたきっかけはなんでしょう?

A:高校では空手をしていたんです。実はそれまで、僕はほとんどスポーツはダメだったんです。

 

Q:そうなんですか?

A:はい。運動神経も良くなかったんです。

 

Q:スポーツは何かされていたのですか?

A:何もしてないです。そして何も続きませんでした。兄に連れられて小学校の野球部に入っても、全然行けないし、朝起きられないし・・・。

中学では所属は必須だったので入部しましたけど、ほとんど行かなかったです。

高校に入った時に、空手部が新設される、ということを知って、これなら嫌な先輩もいないし・・・というよこしまな(笑)考えて、入部を決めたんです。

 

Q:高校卒業して、プロの格闘家になるとき、どんな試験を受けられたのですか?

A:丁度私が高校3年生の時、師匠である前田日明さんが新しい団体を設立する、というのを知り、迷わず履歴書を送ったんです。そして入門テストを受けることになるんですけど・・・。

まずは書類審査があるんですね。身長、体重の規定があるんですけど、私は身長が全然足りなくて・・・。

でもフィジカルにはすごく自信があったし、とにかく尊敬する前田さんの元に行きたい!と強く思っていたので、とにかく書類審査さえ通れば、と、まぁ、あまり大きな声では言えませんけど、とりあえず色々工夫?!して、何とか行けるだろう、と。

そうしたところ、250名くらいの書類審査の中から24,5名通過して、その中に入ることができたんです。そして、横浜の道場に集められて試験を受けたんです。

でも、試験会場についたらみんな大きくて!

 

Q:それは、そうですよ、ね。

A:はい、色々工夫したので、僕は・・・。でも、当日にまた、身長、体重を測ることになって、これは、やばい、と。(笑)

 

Q:それでどうしたのですか?

A:身長が足りないのは100も承知だ、と。でもやる気を見てほしいと、猛烈にアピールしました。

スクワット500回とか、腕立て200回とか、僕はとにかくほとんどの項目で一位だったんです。なのですが、結果は不合格だったんです。

 

Q:ダメだったのですか?

A:はい。でも納得できなかったので、すぐ事務局に問い合わせの電話をかけたんです。

 

Q:何ておっしゃったんですか?

A:「何で僕が落ちたんですか?」と。そうしたら、「君は身長が足りないでしょ」。(笑)

まぁそうなんですけど、とにかく諦められなくて、自分はまだ高校生だし、伸びるかもしれないから、と食い下がりました。

 

Q:すごい根性ですね。

A:僕にはもうそれしかなかったんです。退路を断っていましたし。就職先があるわけでもない、勉強ができるわけでもない。他のスポーツも全くダメ。

とにかく前田さんの元でやりたい、と。さんざんゴネたのですが、やっぱりだめで・・・。でもさらに食い下がって、全員とスパークリングさせてくれ、とかね。

で、じゃあとにかく、杉並から横浜の鶴見まで、通えるか?と言われ、一時間半くらいかかるんですけど、通えます、と。そこから通いの『仮』入門生活が始まったんです。

 

Q:どんな生活なんですか?

A:6時過ぎに起きて鶴見に向かって、掃除から始まり、それからトレーニング。夜の9時までやって、片付けして、帰ってくるのは11時過ぎという生活でした。

1週間くらいすると、だんだんトレーニングについて行けない人がポロポロでてくるんです。相当辛いんで。

 

Q:それからどれくらいで正式入門できたのですか?

A:プロですからね、弱肉強食の世界です。そうすると、どうしてもトレーニングについて来られない人は、脱落するわけです。仲間だけれど、しょうがない、そこは自分にとってはチャンスです。そのチャンスを逃さないように掴み取り、正式に入門することができて、入寮することができました。

250名くらいの受験者のなかで、最終的に残ったのは、2人です。

 

Q:お母様の反応などはいかがでしたか?

A:何も言わなかったですね。

 

Q:何も、ですか?

A:はい、なんかやってんだろうな~と後日自分がデビューしたあとに聞いてみたら言っていましたが、当時は何も言わなかったです。

ただ入門する前日に、「明日、家を出て、格闘家を目指します」、とだけ言いました。

 

Q:お母様はびっくりされたのでは?

A:そうですね、でも頑張れ、と応援してくれましたし、それからあなたには帰ってくる場所がここにある、という事は忘れないで、と言ってくれました。

 

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